エドワード親書 2007年6月号
現代歌舞伎版ホームコメディーオペラ
「フィガロの結婚」松本公演


ユニバーサルデザインオペラの演出家として、今回はやりたいことを何でもやれた、そういう意味で僕にとっても画期的な公演でした。皆さんも、乗りまくっていましたね。
ユニバーサルデザインの考えに沿って「誰もがそれぞれに輝く舞台を!」と願いながら各地で演出し続けていますが、現実には各地での参加者はまさにバラバラ。いろいろな制約の元、一つの舞台にどうまとめるか、演出する方にとってはまさに大きなチャレンジです。

松本公演の参加者は前回の「魔笛」松本公演参加者が殆どでしたが、新しい方もかなりいらっしゃいました。しかも、参加者はオーディションで選んだところもありますが、決まっていた方もいらっしゃるなど、選び方も難しいところがありました。しかし、それを何とかするのは私の仕事、とにかく選ばれた人をどう輝かせるか、ですから。

作戦その一、手始めに、いろんな曲を合唱で歌ってみてもらいました。その結果閃いたのが今回の四つのとんでもない形です。

1、 マルチェリーナが3人も!!!シスターマルチェにグランマルチェが登場。アリアは何と3重唱に編曲してしまいました。グランマルチェの隠岐さんに至っては夜の女王を笑い声でーーーー。厳密に考えると、この3人の関係、何がなんだか分からないのですが、そんなことをお客に感じさせないほど、乗りまくって歌い演じてくれました。スザンナが「婆さんと言ってごめんなさい」と謝るところもお客様の共感を呼んだようですね。

2、 ケルビーノには分身が客席に散らばり、「この思いは恋でしょうか」が会場中で鳴り響くよう演出してみました。お客様は、ビックリしたでしょうね。居眠りなどする余裕は全く与えないよう狙いました。ケルビーノはどこにでもいるものですからーーーー。

3、 極めつけはアントニオビールワイン夫妻。男女の逆転は惣田の願いにも応えたのですが、どうだったかな?もともとこの「フィガロの結婚」には案内役などおりませんが、「魔笛」のサルと同様、夫妻で案内役に近いことをさせてみました。僕としても、未消化の部分があることは否めませんが、今回の人材の可能性を拓く、ということでは許される範囲だったのでは、と自認しています。

4、 民衆(全員がオリジナルのポーズと名前を持つ)が大活躍。舞台上でもいつも天才フィガロと語り合いながら物語を進める。

振り返りますと、全員そろっての練習がもっと取れたらなあ、と悔しい気持もちょっぴり残りますが、僕は与えられた条件で最高の舞台を作り上げること、今回の緊縮予算としては、かなり満足できる仕上がりだったと感じています。

さて、皆さん。お気づきですか?モーツアルトの特色のひとつは、かなりの変更を加えても彼の音楽の素晴らしさが損なわれないことにあります。それほどモーツアルト君は素晴らしい作曲家だと思います。モーツアルト様に拍手。翻って考えると、20世紀の作曲家のオペラは、僕も現代的な視点からの演出や編曲を加えづらいのです。台本や音楽が現代に近すぎるために縛られて、まさに今の時代へのメッセージを生み出しづらいのでしょう。



さて、恒例でお一人ずつにコメントを。

まず、偉大なお殿様の藤森さん。
誠心誠意、まっすぐに役作りに向かってこられる姿勢が素晴らしかったです。
恐らくは、こんな伯爵は見たこともやったこともないでしょうが、思い切って役になりきろうとされているお姿に、他のみんなも頑張ろうと気合が入ったのではないかな?
歌唱力も安定しているし、今後も楽しみにしています。偉大なお殿様の威厳を時には出したら、と薦めましたが、まあ、今回はその必要もなかったようですね。あの超馬鹿な「偉大なお殿様」を、お客様も充分楽しんでいらっしゃいました。これからもよろしくお願いします。

お優しい奥様はパミーナだった倉科さん。
前回より声がさらにしっかりしてきたので、感心していました。アドバイスはご本人に直接、何度もしているので詳しく書きませんが、声に気持がもっと乗るよう、そして理屈ではなく感性で声と演技を作り上げるよう、これから更なるご努力を期待しています。折角の声を更に活かして大きく輝いて頂ける様、これからもアドバイスできたらと思っています。

これは余談ですが一般論として、皆様に申し上げます。
日本人にオペラを見せるとき、まず分かりやすく、と明快な発音を要求されてのどを硬くしたり、説明的な演技をしてしまいがちです。
でも、分からせることより、楽しんでもらうことが第一ですね。モーツアルトのオペラを楽しんでもらうには、作曲している最中のモーツアルトの気持に同化して演奏することです。こうあるべきだと、理論的に考えるよりも、自由に飛び跳ねるモーツアルトと同化して遊びまわることです。
それを出来るようにするために、私たちは歌唱技術を磨きます。モーツアルトは歌手に勝手に歌わせることを許しません。勝手に歌ったら、音楽がかならず壊れるように作っています。つまり私たちは歌唱技術を誇示せず、自由にモーツアルトの音楽を楽しめるように歌唱技術を高めればいいのです。
各地で歌を教えるとき、標語のように「軽々と、深々と、そしていい顔で歌いましょう」と薦めています。これができれば、その時出したいと思ったどんな声も出せるようになるからだと説明しています。それがモーツアルトを自由に歌いこなせる秘訣ですね。何しろ、モーツアルトが歌えたら何でも歌える、と言われているほどです。

さて、戻りましょう。
次は、わが愛しのスザンナ、城倉明日香さん。
ベッドが早く片付けられてしまって、ベッドイン出来なくて残念だったねーーーー。
でも、マイペースながら少しずつあなたらしいスザンナを作り上げてくるのを感じ、さすがだな、と思っていました。「お姫様スザンナ」から「明日香スザンナ」くらいにはなれたかな?殿様、奥様、そしてフィガロ、スザンナ。この4人が徹底的にアンサンブルを磨けば、本当に美しいモーツアルトが響いたでしょうねーーーー。同じ呼吸の仕方をすれば、気持が揃うのではぴたっとしたアンサンブルになるね。リズム感とフレーズ感の捕らえ方について、もう少し時間があったら詳しく話せたかも知れません。折角の美しいお声、今度はいい響きの会場でーーーーー。
(そういえば、会場が響かなかったことはみんな辛かったかな?生声の響きを大切にしたい僕としても残念でした。舞台機構が多少悪くても、いい響きの会場がイイデスネ。)

プレイケルビーノの山口スモモさん。個人的にもいろいろアドバイスしてきたので、細かくは書かなくていいでしょう。まっすぐに成長してくれることを、ただ願っています。きっと大丈夫でしょう、苦労を乗り越えながら、素敵な歌手になってきて下さい。


そしていよいよマルマルチェリーナ強烈3人組。
まずは上島喜栄子さん。シスターマルチェにしておきましょう。武蔵野音大時代の同じ頃の同門らしく、何十年ぶりの再会ですね。びっくりしました。しっかりとしたメゾの声を持っていて安定感がありましたし、演技も段々一皮二皮と剥けてきて、上島さんの変身振りにファンも驚かれたのでは?
パパゲーナだった上野さんは、もう初めから大活躍で、他のお二人もついていくのが大変だったのでは?との心配も全く感じさせず、3人の抱腹絶倒のマルチェリーナを引っ張ってくれました。喉を硬くしてしまう発声もだんだん目立たなくなってきたので、これからも努力し続けて下さいね。何しろその演技力と発想の自由さ、それに発声のよさが加われば鬼に金棒です。エドワードマジックの優等生間違いなしですね。
そして夜の女王だった隠岐美江子さんのグランマルチェ。ユニバーサルデザインとして隠岐さんの高音を活かせてよかったです。始めての方もおもしろかったでしょうが、前回見た方は、それは楽しまれたことでしょう。演技の方も女王の時よりのびのびとお出来になりました。こちらが地なのかな?とにかく、これからもその持ち前の高音をしっかり保ち、ちょっと課題のリズム感を磨きましょう。新境地を切り開けそうですよ。

清住さん。
引っ張り凧でお忙しかったと聞いていました。でも、じっくりと歌と演技のアンサンブルを作り上げたかったですね。もっともっと遊べたのにと、思っています。いろいろなオペラの主役を歌っていらっしゃったようですし、発声も演技も安定していらっしゃり、これからも楽しみです。各方面から引っ張られすぎて、じっくり役作りできなくなると、ちょっと気の毒ですが、私達とはまたやりましょうね。

いばりバルトロの石多哲人。本番前に風邪をこじらせてご心配をおかけしました。しかし、まあ何とか勤めを果たしてくれてホッとしています。今回の親子逆転の配役、如何でしたか?

さあ、アントニオ夫妻。ビールの惣田知恵美にワインの長野実。
ユニバーサルデザインを意識して夫妻にしてしまったのですが、惣田からは矢のような提案攻め、実君からは質問攻め、それだけやる気満々だったと言うことでしょう。とくに惣田さんには、一人で空回りしないよう何度か諌めましたが、やはり「やる気」は大事ですね。彼女の考えは理解できるので、何とかアイデアを取り入れて男女反対の夫妻にしてみたのですが、お客様は何がなんだか?だったでしょうか?それとも全体の中でいいアクセントに取り込まれていたでしょうか?
惣田さんは、とにかく一所懸命。これからも大きく楽しく遊び続けてほしいものです。発声の技術については、今回とても教え込む暇もありませんでしたが、未開拓なこの発声の分野にこそ、あなたの大きな可能性が秘められているかもしれません。一般に役者さんは、クラシック的な発声をマスターすることの大きな可能性に鈍感に思えます。見ざる!しっかりやれよ、これからも!
アントニオワインにされた長野実。初めての女役。本人はどうだったのかな?女性には見えていたよ。新境地の開拓はどうだい?何でもやってみるのも今は大事だね。実も発生を磨いてね。どんな声でも出せるような発声の技術を身につけることが、どんなに大きな可能性を拓くか、実がいい見本になってくれると嬉しいです。

ここで皆さん思い出しましょう。エドワードの発声の基本標語。
「軽々と、深々と、いい顔で!」(良く出来ました??)

バルバリーナッコの牧羽裕子。音程が下がるので、発声の問題を何とかクリヤーさせようとしました。折角の大きな響く声、磨き上げるのは大きな声だからこそ時間がかかり、大変なものです。しかし、その分出来上がってくると、スケールの大きな歌手になれる可能性もあるのです。自分に厳しく、成長してね。いい子になったら、愛媛公演でもどこへでも連れて行ってあげる。(野宿かもしれないけどねーーーー)

花娘の旭あや香と宇田朱里。わずかな振り付けでしたが、お客様に身体を開いて演じる、ということ何か感じられた?個人レッスンまでは出来なかったので、君たちの可能性を充分引き出せたとは思っていません。これからも一緒に楽しい舞台を作って行く中で感じてもらえるでしょう。二人とも、頑張るんだよ。

坂内美季のピアノ伴奏。
公演会場の選択は、ピアニストにとっても厳しかったようですね。完全に奥に仕舞い込まれそうになって抵抗した様子は忘れられません。当然だよね。まあ、ぎりぎりの妥協点を見つけられてよかった。魔笛の時から、集中力のあるピアニストと評価していましたが、まさか代理店だった彼とーーーーー。いや、本当におめでとう。とにかく、今後も頑張ってほしいので、何度か繰り返したアドバイス=ブレスを深く、を大事に。

永山理枝さんのピアノ伴奏。僕からいろいろ言われたと思いますが、あなたはファイト満々なので、とにかく機会があれば弾きまくることですね。しっかり練習してね。
飯沼泉さんとは一度くらいしか練習で会わなかったけど、何か学んでくださったでしょうか?

野崎の演出助手は、今回はあまり活躍できませんでしたが、皆さんとご一緒できて喜んでいますよ。また、遊んであげて下さい。同じく谷野有紀も本番に参加できなくて残念がっていました。娘の谷野ひかりがお世話になりました。

さて、わが花娘、花おば様?テレーザとかいろんな名前とポーズを考えさせましたが、少しは実感できましたか?それには練習期間が短すぎるねーーーー。でも、皆さんが僕の味方になって舞台でいろんなやり取りをしたこと、新しい可能性を感じて新鮮でした。このやり方を今後も深めてゆきたいなと願っています。
ソプラノの望月都子さん、菅沢真里さん、増井章子さん、田上明子さん、舞台でも僕と色々遊んでくれましたが、お弁当やお世話係でもよくして下さいました。皆さんを、もっともっと鍛え上げてみたいですーーーー。
アルトの斉藤靖枝さんは、制作でも縁の下の力持ちで頑張ってくれていましたね。営業ウーマンかな?越原文さんについては、もう、びっくり、の連続でした。本当に制作助手から演出助手までよくやって下さいました。あなたがいなかったら、本当にどうなっていたかーーーー。
みなさん、オペラを自分達で作り上げていくのは凄く楽しいことであるのと、同時に大変な作業があることを今回、少し感じられたことでしょう。お金さえあれば、プロだけに任せて確かにある程度の舞台は作れます。今回の場合は、信州の皆さんの総力戦で立ち向かった気がします。途中で、役が貰えなかったからとかの理由で、降りられた方もいる中、最後まで私を信じて頑張った皆さんに大きな拍手を送ります。

最後ながら、やはり制作の中心は倉科京子さんご夫妻でしょう。松本仏教和合会の共催で成り立っていることさえ、僕は段々分かってきたくらいで、実は何も知らなかったのです。カトリック関係者との共催でオペラをやることが多かったので、今回はこれも面白いことでした。今度、全宗教界の強力なご支援でやってみたいものです。モーツアルトさんもお喜びになられるのでは?冗談です。

僕も今年、遂に還暦。おめでとうございます。少しはおとなしくしないといけないでしょうか?世代交代して、40前後の皆様に指導をお任せして行ければイイデスネーーーー。
でも本当は、交代するんじゃなく、乗り越えてほしいのです。
私の音楽的演劇的感性、指導技術、は60年間のささやかな体験から培われたものでしょう。神様からみたら一瞬の勉強期間です。だから大したことはないのです。しかし、たいしたことは出来ないけど、せめて精一杯、人類の先輩達が生み出してきた大きな遺産は出来るだけ、カラッポの心になって吸収させて頂きました。その上でしか、新しい芸術、芸術観は生まれるはずもないと感じるからです。マスコミに操られた今の世の中で「新しい芸術」と宣伝しているものは、目先を変えて今までの繰り返しをしているだけです。
さて、世相に抵抗し続けている僕が、どこまで人類の先輩たちを抱きとめられ、これからどんな世界を提示できるか?
まあ、私に残された人生から生まれる最後の贈り物です。
冷やかしに見てみて、楽しんで頂ければ幸いです。

今年度の残りの公演予定は以下の通りです。どこかに歌いに来ませんか?

8月18日(土)
愛媛県愛南町御荘文化センター ミュージカルオペラ「魔法の笛と鈴」
8月19日(日)
愛媛県西予市宇和文化会館 ミュージカルオペラ「魔法の笛と鈴」
8月23日(木)
愛媛県西条市総合文化会館 ミュージカルオペラ「魔法の笛と鈴」
8月25日(土)
愛媛県四国中央市土居文化会館 ミュージカルオペラ「魔法の笛と鈴」
9月12日(水)
国立オリンピック記念
青少年センター
「コシ・ファン・トゥッテ」
9月13日(木)
「フィガロの結婚」
9月15日(土)
「魔法の笛と鈴」2回公演
12月22日(土)
長崎県松浦市文化会館 ミュージカルオペラ「魔法の笛と鈴」
2008年
1月5日(土)
福岡市大名町教会 オペラプラザ福岡 新春コンサート
1月20日(日)
長崎県上五島 「忘れられた少年」
3月9日(日)
雲仙市南串山ユリックスホール ミュージカルオペラ「魔法の笛と鈴」

 

        

2007年6月9日  石多エドワード