参加者の皆様、奇跡の成功、おめでとうございます!
皆さんの頑張りのおかげです。
特にオケのみんなからの叱咤激励には胸を打たれていました。
僕が倒れたらどうなるんだ!絶対に成功させるんだ!内心、硬く誓っていました。
本番では、なんとか僕らしい指揮をさせていただくことができました。
みんな有難う!心から感謝しています!
さて、まず今回の反省を大別しますと、
1、ベートーベンの第九交響曲の演奏会だったものを、スタッフ体制が弱いことを承知の上、僕の勝手な希望で25年前のオペラ「第九交響曲」に復活しようとしたこと。
2、僕の前代未聞の大ポカの為、会場をIMAホールに変更を余儀なくされたこと。
3、本番数日前から、いろんなハプニングも重なり僕の睡眠時間の確保が難しく体調を大きく崩した上、副指揮の田中さんとオケの振り方についての打ち合わせを全くしていなかったこと。
以上でしょうが、それらすべて僕の責任ですから、本当に申し訳なく、スタッフ、オケ、歌手、合唱、関係者すべてにこの場をお借りし深くお詫び申し上げます。
結果的には、合唱幻想曲と第九の、当日のゲネプロ2回を含む一日計6回に及ぶ演奏を、最後まで何とか上手く運べたのは、改めて皆様のおかげであり、神様が応援してくださったおかげかも知れません。
終演後も、再演の声がすぐに上がるなどご興味を持っていただけた方も多いようですので、年末(2009年末?)も可能か考えて見ます。もちろん万全の体制で、私の本来のオペラ「第九交響曲」にして。
振り返ります。
1幕1場では、ベートーベンの生まれたボン市の活気ある状況を描きたかったのですが、満足な指導もできず役者にお任せ、の部分が多くなってしまったことも残念です。やはり、キャスティングに十分な時間をかけられなかったことも、私の甘さによる判断ミスから来るものでした。
しかし皆さん、フランスの市民革命が若いベートーベンにいかに強い影響を与えていたかがお分かりになったでしょうか?歌曲「愛の返答」で表れる歓喜のメロディの原型。これにも興味を持っていただけたでしょうか?ベートーベンの若いころをもっと明確に描きたかったのですが、今回はあれでお許しください。
そして2場はウイーンのソアーレ。当時の貴族達に囲まれて、ベートーベンがどう自分を保とうとしたかが描かれました。ソアーレの雰囲気で通したかったのですが、なかなか演技指導が及ばず中途半端になってしまったことが悔やまれます。お客様、ごめんなさい。
それにしても、ベートーベンが発する言葉に驚かれた方も多いでしょうね。しかしベートーベンの音楽を楽しむなら、やはり時代背景や彼自身が遺した言葉をもっと知ってみませんか?
若いベートーベンを精一杯演じてくれたハイジマンも、他の役者の皆さんもご苦労様でした。ハイジマンには、喉を締め付けず極力怒鳴らないで表現しなさいとアドバイスし続けました。お腹から深く声が出かけたときは、僕たちの胸にもベートーベンが響いてくるようでした。何度も繰り返しますが、皆さん、ベートー
ベンのことを知らなさ過ぎます。彼を生み出した背景について、深く知れば知るほど第九の意味は深まってくるでしょう。
合唱幻想曲は日本語で、と思って訳詞までしたのですが歌手の皆さんのたっての強い希望でドイツ語にしました。ドイツリートの世界に生きてきた僕にとっては、ドイツ語は第2外国語のようなものですが、歌手が発音はもとより言葉の一つ一つの意味を即座に感じ取りドイツ語の分からないお客様に伝えられるか?最後
まで、複雑な気持ちでしたが、やはりベートーベンの音楽の力、さすがでした。言葉のわからないお客様にも十分聞きごたえのある合唱幻想曲に仕上がっていたと思います。多少のミスはあったものの、演奏者の頑張りでお客様も「いい音楽だなあ。」と実感いただいているような気がしていました。
しかし、日本語で歌っていたら更にわかりやすくなっていたのでは、と今も思います。
ピアノソロをお願いした学生時代からの友人、ピアニスト高橋千秋さん。無理を聞いてくれて本当に有難うございました。
ソリストはもちろん、急遽合唱で参加してくださった方々も有難うございました。おかげで、十分オケに対抗できるスケールで演奏できました。
役者についてはなかなか集まらず、時間がなくてミスキャストの部分もあったかと反省しますが、それぞれ頑張ってくれた役者さんに感謝しています。
2幕では第九の前に、リルケの「マルテの手記」からベートーベンに関するくだりを入れてみました。かなり刺激的な言葉かと思いますが、第九の中でベートーベンが呟く言葉と呼応するかと思い入れておきました。一人一役にこだわったので、青山みそのさんにリルケを頑張って語ってもらいました。
第九の演奏中にはベートーベン自身が第九のスケッチに書き込んだものを取り入れて、ベートーベンの立像から精になったISSYに語らせてみました。ISSYもよう覚えてくれ、精一杯やっていたように思います。涙が溢れてきたと言う声もチラホラ聞こえてきました。
ダンスの山下さんらも、だんだん僕の音楽的イメージに近づいてきてくれ、楽しみでした。
第九の音楽に、余計な言葉を被せるなんて、という言葉も25年前にもありましたが、あれから25年。今回のお客様は変ったでしょうか?
あわせて300人くらいの入場者数はやや寂しいものでしたが、これも私の所為でいろいろ遅れ遅れとなり、最終的な絵が見えないままでの本番だったので、出演者も今一チケット販売に徹することが出来なかったのでしょうーー。
反省ばかりではなく、今後のことですが、やはり専従スタッフがいないことが辛いので、4月まで有給で雇うことにしました。どなたかしっかりした方、時給1000円くらいでご紹介くださいませんか?今回、大変な負担を負ってくれた、田村、谷野、辻村は今迄どおりスタッフを手伝いますが、至急専従スタッフを置
きたいので宜しくお願いします。
上田で1月17日、岡山で3月21日、東京では4月17.18日の「魔笛」。東京公演のキャスティングも僕自身でします。1月10日にはキャスティングを終え、チラシも中旬に刷り上げるつもりです。参加希望者は即刻申し込んでください。
今回のように大変なことがあっても、いつでも不思議な力が降り注いで立ち上がってきた仙人の私です。力が降り注がなくなったら、速やかに雲の上に帰らせていただきますが、今回のように力を与えてくださる限り、こういう楽しいオペラ活動をいつまでも厚かましく続けさせていただきます。
「世界平和のために国際交流オペラを!」
「ユニバーサルデザインOperaで世の中に元気を!」
と当会が掲げる言葉――。多くの現代人にとって、歯の浮くような現実離れした言葉としてしか受け取れないかもしれません。しかし、こんな愚直な自分が世の中にお役に立てる道は、これをやり続けることしかないでしょう。
これは僕だけの夢なのでしょうか?
この夢をともに抱いてくださる方、どうぞご一緒に歩みましょう。
皆さん、この事業を応援して下さい、とは申しません。
皆さん、この事業に参加してみませんか?と申し上げます。
今年は丑年、ゆっくりと進んで行きましょう。
僕も、今年は世界の流れをゆっくり見つめながら歩みたい、と思っています。
しかし、やはり僕はいつまでも青二才、夢や希望をこんなに膨らませてーーーー!
さあ、新年です!
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