エドワード親書 2009年4月号


平成21年3月21日 岡山シンフォニーホールにてオペラ「魔笛」を公演致しました。約1,200名のお客様においでいただき、すばらしい公演ができましたこと、大変ありがとうございました。

テレビ各社のインタビューでもお答えしたように、今回の岡山公演が今まででもっともユニバーサルデザインらしいオペラになりました。すべての関係者の皆様に感謝いたします。

ユニバーサルデザインという言葉が定着するまで、時間がかかるでしょうが、今のところ他に呼びようがないものですから、こう呼んでいます。誰もが参加できるオペラ、と言い換えてもいいのですが、皆さん、どうでしょう?ピンと来ますか?もっと明快で楽しいネーミングをしたいですねーーーーー。もう少し突っ込ん で言いますと、誰もの可能性を拓くオペラ活動、というのが僕の気持ちを一番ピッタリ表しています。

ところで今の世の中、決めつけが多すぎて窮屈ではありませんか?みんな、もっと自由になったら、もっといろんなことが出来ていいのに、とこの頃よく思っています。音楽界に限らず、現代のあらゆるところで、現代人は想像力を失い、「決めつけて、ハイおしまい!」にしている、というのが実状でしょう。その方がラ クだからでしょうし、いろんな可能性を想像するにはエネルギーが確かに要ります。そしてエネルギーを培うには、人間はまず無心になることだと僕は思うのですが、小賢しい現代人にはとても難しいことでしょうね。このことはやがて纏めて新聞にでも寄稿します。今日はオペラに絞ります。

さて、オペラは総合芸術の王様と呼ばれています。文学、美術、音楽の3要素がすべて含まれるからでしょう。オペラは確かに何でも出来そうな無限の可能性を秘めた芸術だと私も思うのですが、現状は一般の人々からどう思われているでしょう?西欧の豪華絢爛たるお金持ちだけが見る、一般人とはほど遠い世界のもの、 と思われていらっしゃることでしょう。今回は出演参加者の多くも、観て下さった方も、こんなオペラもあったのか、と思われたのではないでしょうか?今回の「魔笛」は、あのモーツアルトさんの作曲ですが、私の演出で厚かましくもいろいろ作り直してみました。この改作はモーツアルトさんの許可を得たわけではありませんが 、彼も笑って許してくれていることと勝手に思っています。

また余談ですが、皆さんは日本の古典芸能やジャズなんかを取り込んで新しいオペラを作れることを御存知ですか?日本の作曲家達も欧州の物真似オペラだけで満足しているわけではないのです。古今東西のあらゆる音楽を取り込んでオペラを作曲するのは、やり甲斐のある仕事で、私もいくつかのオペラ(「忘れられた少 年―天正遣欧少年使節」、日中合作歌劇「蓬莱の国―始皇帝と徐福」、日比合作オペラ「高山右近―剣か愛か」、日西合作オペラ「ザビエル」などで、よせばいいのに現在も新作に挑んでいます)を海外の芸術家と合作して燃えてきたのですが、これらの作品がどうなってゆくか、楽しく見守っています。こんなことをしていること も忘れないでくださると嬉しいです。



さて、ここからは岡山公演について・・・

先ほども書きましたが、今回の岡山公演は本当にユニバーサルデザインオペラになったと思っています。音楽を愛する誰もが集まり、共に助け合って練習を重ね、同じ舞台で同じ感動を分かち合う・・・そういうことができたのも実行委員長の本郷美紀子さんをはじめたくさんの方々のご尽力のおかげと思っています。あり がとうございました。

岡山公演の実質的な練習が始まったのは11月。3月の公演まで5ヶ月という短い練習期間しかなかったために、課題も残りました。私の考えでは、「汚れやほつれなどは直す必要がありましたが、衣装は今使用しているものでいい」と思っていましたが、実行委員会の衣装を担当された方たちは、「少しでもよい舞台にしたい。来てくださるお客様に楽しんでいただきたい。」と考えて衣装を工夫されました。お忙しい中、ご自分の時間を使って用意してくださったという話も後で聞きました。基本的には私の演出の許容範囲内で大丈夫と思っていたのですが、お猿の衣装など私の指示通りにできなかった部分は残念でした。「大切なのは歌唱力と演技力、あとは二の次です!これを怠ると、本末転倒になり、外面ばかりを飾ったどこにでもあるようなオペラになってしまい、私の演出意図が分かりづらくなってしまう。」という私の意向を正確に伝えるような時間を持てなかったことも原因の一つと思います。

実行委員会あっての岡山公演ですから、実行委員会の意向に沿い、私は与えられた条件の中で、ベストの舞台を作ることに専心しました。次回は、正確に私の意向を伝え、さらに実行委員の考えや意見も聞いて、協議する十分な時間を確保していくことが必要だと考えています。そうすることで双方にとって実りある舞台作 りができると思います。

最後になりましたが、合唱の指導をしてくださった方々、ソリストのみなさん、合唱のみなさん、指揮者、オーケストラのみなさん、練習ピアニストの方、そして可愛い子どもたちーーーーー。この岡山公演の成功に向けて一緒に練習し、共に舞台の感動を味わった皆さんのことは忘れません。

記録録画でお世話になったみなさん、岡山のマスコミの皆さんにも感謝します。視聴率のためにはスキャンダラスなことや、暗く悲しいことばかりが取り上げられやすいマスコミ界にあって、こういうことに注目していただいたこと、たいへんうれしかったです。まだまだ日本は希望が持てます。

さて、何といっても今回の最高殊勲選手、実行委員長の本郷美紀子さん。江田五月事務所からご紹介の平川真理さんからのご紹介だった熱血女ですが、家庭から、友人から、あらゆる知人から巻き込んでいって大成功に導いた方です。皆さんで大拍手!!

実行委員会事務局長の陶山さんも、細かいお心配り有り難うございました。会計に関する業務は行わない」とのお申し出だったにも拘わらず、最後は、本郷さんと予算配分などの業務を実質的に担当され、大変な貢献をされた須藤さん、本当にお疲れだったでしょう。ご苦労様でした。ありがとうございました。
三宅晴美さんも、受付、いつもご苦労様でした。

オペラプラザ愛媛からは秦美智世さんが、助手に来てくれて助けられました。ありがとうございました。

私は政治的にはもちろん無色ですが、江田五月氏には前回の日中合作歌劇「蓬莱の国―徐福伝説」にもましてお世話になってしまいました。深謝いたします。
こうして終わってみれば、よく皆さん頑張ってくれました。それぞれの思いはあったことでしょうが、私の意図や指導を信頼してくださって初めての事業だったはずです。改めて、私を信じて付いて来てくださったこと、感謝します。
   2009年4月27日

  石多エドワード