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ザビエル生誕五百年記念オペラ“ザビエル”公演によせて |
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2006年は、日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエル(Francis Xavier
1506〜1552)が生誕して500年になります。 ザビエル誕生の1506年は、時あたかも「大航海時代」。スペイン、ポルトガルなどの西欧各国は、新世界に、また東洋の海原に、夢と富を求めて、帆船を繰り出します。ザビエルがナバラ王国のザビエル城で生まれたのは、ちょうどそんな世界史上の大変革の時代でした。1543年、種子島に一艘のポルトガル船が漂着。日本に鉄砲が伝わり、その後の日本の歴史を大きく変えていきます。その数年後、ザビエルはインドのゴアで一人の日本人に出会い、インド洋と東シナ海を越えた彼方に、「日本」という西欧に比する優れた文化を持ち、知識欲旺盛な、篤実な人たちがいることを知り、是非日本に渡り、キリストの教えを広め、自分が学んだパリ大学のような大学を日本の都に創ろうと志します。 幾多の困難を乗り越え、1549年、ザビエルは、鹿児島に上陸。領主島津貴久の許可を得て、日本での布教の第一歩を踏み出します。鉄砲伝来が、西欧の物質文明の伝播ならば、ザビエルの渡来は、西欧の精神生活と日本人の心との初めての交流であったといえます。以後2年間に亘り、ザビエルは、平戸、山口、京都、大分と、献身的で、精力的な布教活動を行います。そのかたわら、ザビエルは、日本人がいかに誇り高い優秀な民族であるかを西欧の人々に伝えます。日本人は、ザビエルにより西欧を知り、西欧もまたザビエルにより日本を知ったのです。 当時、日本は室町時代の末期。京の都は、政情の乱れや度重なる戦禍によって荒廃し、ザビエルは、入洛はするものの、朝廷や幕府、比叡山はおろか、京の民衆にも一顧だにされず、志しを遂げることなく、むなしく踵を返さざるをえなかったと伝えられています。ザビエルは、当時の日本を見て、日本人と出会って、なにを思い、なにを感じたでしょうか。また、日本人は、信じられぬほど遠い国から、ただ神の愛を説くためだけに渡来したザビエルに、なにを見たのでしょうか。 本公演は、「大航海時代」に生きたザビエルの生涯を追うとともに、日本における足跡を史実に基づいて辿りつつ、当時の日本人の心のありようをオペラに託して現代日本に照射し、精神世界における日本の未来を展望することを狙いとしています。「ザビエル生誕500年」と時を同じくして、オペラによる国際交流と相互理解を大きな目的とする東京オペラ協会は、創立30周年を迎えます。オペラ「ザビエル」は、東と西を繋ぐスピリチュアルな振動となることでしょう。 |